お侍様 小劇場
 extra

   “風の声、春嵐” 〜寵猫抄より


桜に追いつけ追い越せと、
沈丁花に続いて、濃緋の桃も咲きそろい。
緑の萌える中にはユキヤナギの白い小花が風に揺れ、
頭上にはようやくの満開を迎える緋色の木蓮が、
鮮やかにお目見えしており。
日当たりが微妙なお宅のも、
蕾が次々膨らんでいて。
真っ赤なオウムが枝々へ居並んで留まっているような姿で、
ずらりとお澄まししていたり。

 「………っ」

ニシキギのまだまだ柔らかな赤い若葉が、
生け垣の天辺へ目立つよになった今日この頃。
仔猫のやわやわなお耳が 不意にひくりと震えて。
それへ、ほんのほんの一瞬ほど遅れて、
窓の外で びゅぅうっという唸りが、
低いが するどく響く。

 「………?」

ひょこりと小首を傾げ、そのままひょこひょこ。
小さな身を弾ませ、か細い四肢を ととと…と駆けさせて。
ともすれば、下辺の枠が顎先まで届くほどという、
それは小さな小さな仔猫さん。
何かしら気になったものか、
丸ぁるいお顔に比すれば 少し大きめのお耳を、
ふるるっと もう一度震わせると、
ガラスの向こうに何かを探し、
小さな背中を“よいちょ”と背伸びまでさせており。
ふらつきかかっての咄嗟のこと、
窓ガラスへ ちょとんっと小さな手をつけば、

 「〜〜〜〜っ☆」

気になった曖昧な気配なんかよりも、
うんとはっきりしたそれ。
ひんやりと冷たい感触が、
やわやわの肉球へ直に当たってしまい。
氷のように冷たかったことへ、
うあっと驚いて後ずさりしたそのまんま、

  おっとと・ぽてん、と

まだまだ幼い後足だけで、
バランスを戻すのは難しいことなのか。
板の間、陽だまりの中、
ころんと転げてしまい、
尻餅ついちゃった かあいらしさよ。

 「………おや、まあ。」

朝ご飯に使った食器類、手早く片付けてから、
さぁて…と意気揚々、リビングへ戻って来た敏腕秘書のおっ母様。
まずはと視線で探した仔猫さんを、
だがだが一緒にご飯を食べてたコタツの周りに見つけられず。
あれあれ?と、戻しかけた視線の先が捕まえたのが、
コタツのお山の向こうの窓際にて、
甲羅を引っ繰り返された亀の子みたいになって、
じたばた もがいておいでのおちびさん。
ラグの上だったなら あっさり返れるが、
よ〜く磨かれた板の間の上、
しかも背中の毛並みの側では、
咄嗟にはなかなかその身が捻れぬらしく。
慌てているがため、
左右のどちらへと決めかねていることもあって、
やぁのやぁのと ただただもがいておいでの模様。

 「どした久蔵。」

ぱたぱたぱたというスリッパの音がし、
そちらをと向いたのが功を奏して、
やっと起き上がる弾みがついた。

 「にゃっ、」

やっと落ち着き、よいちょと手をつき、
何とか起き上がったのへと。
七郎次が駆けつけて、すぐ傍らへお膝つき、

 「痛くしなかったかな?」

もがいてた間、下敷きにしていた、
小さなお背
(せな)や後ろ頭へ手を伸べて。
ふんわりしている毛並みや金の綿毛を撫でてやれば、

 「みぃにゃんvv」

へーきなのと言いたいか、
目許を細め、うふふと微笑ったお顔の、
まあまあなんて愛くるしいことか。
家人だけには幼い坊やに見えている、
その小さなお手々をこちらへ延べて来て、
抱っこ抱っことせがまれるのへ。
言われるまでもないとの柔らかな笑顔つき。
浅い色合いのセーターと筒裾のズボンという恰好へまで、
春仕様になっておいでの小さな坊やを、
ひょいと抱えたそのまま、
きゅうと…懐ろへ掻い込みながら抱きしめれば、

 「にゃあう・まぁうvv」

目許をますますと細め、
マシュマロみたいにふっかふかな頬に、
小さなお口の端を食い込ませてという、
愛くるしい笑顔も満開。
甘い長鳴きをして擦り寄ってくる坊やの、
何ともまあまあ愛らしいことか…………………っ、と。

 シチ母さんが惚気るのは毎度のことなんで、
 少々割愛させていただくとして。
(笑)

控えめなそれながら、
あちこちから桜の開花の便りも聞かれるようになり、
連日すっかりと明るい陽が差すようになった、
ここ数日ではあるのだが。
そういう頃合いにはこれも恒例、
時折強い風が吹きつけて。
幼い若葉への洗礼よろしく、
まだまだ若い梢を揺すぶってゆく。
陽射しこそ穏やかになったが、
朝晩の花冷えも思い出したよに強くなる頃合いなせいか。
窓の外のそれは明るい陽の中、
木蓮の枝がしなうように揺れ、
濃緋の花がはらはらと落ちる様は、
疾風の唸りと相俟って、
そこにだけ冬が居座っているかのようで。

 「みゃーーーーー……。」

見とれてなのか、心ここにあらずという覚束なさ、
糸のようなか細い声で、
風の音に合わせて鳴いている坊やなのは。

  寒いのはイヤイヤと呟いてでもいるものか。
  それとも、

 “この子とは、秋に出会ったんだものね。”

風変わりな存在ながら、
それでも…秋口に幼児だったということは、
春に生まれた仔かも知れぬ。
生まれた頃合い思い出し、母の温みを探してしまうのか。
それでのこと、こうまでも春の気配に過敏な彼なのだろか。

 「……久蔵。」

一体 何が見えているものか、
時折ふるると震える梢を、
ただただ一心に見つめている 稚
(いとけな)いお顔、
やさしく抱えた腕の中にて そおと覗き込んだ七郎次。

 「まぁう?」

なぁに?と素直に見つめ返すお顔へ笑いかけ、

 「昨日、キュウゾウくんが持って来てくれた、
  朝掘りタケノコを煮たんだよ?
  あと、菜の花もおひたしにしたからね。」

お昼に丁度 味が染みるだろから、
遅寝した勘兵衛様が起きて来たら、
一緒に まんま食べようね?と。
ちょっぴり低められた甘いお声で囁けば、

 「〜〜〜〜みゃうvv///////」

ほわんとお胸が温もったのか、
くすぐったさを頬張るよに、
首元をきゅんと竦めての、そりゃあ甘やかに微笑った仔猫様。
掴む力も頼りないお手々で、
それでも“好き好き好きvv”と伝えたいのか。
両手広げてしがみついてから、
ぱふりとその身をおっ母様の懐ろへ伏せ、
みゃあう・まうと長鳴き続け、甘える様子の愛らしさよ。
早く暖かくなったらいいんですのにね。
朝の寒さがこたえておいでは、おヒゲの御主も同んなじで。
この分では おコタもまだまだ仕舞えませんねと、
苦笑が絶えぬおっ母様だったようでございます。




   〜Fine〜  2011.04.17.


  *私もうっかり忘れておりました。
   遅く咲く木蓮がやっと咲きそろった頃合いに、
   無情の大風が吹くことを。
   桜を蹴散らかす意地悪な風のおかげさま、
   ウチでもなかなか、小型の電気ストーブまでは仕舞えません。
   陽の燦々と照っているお外へ
   こぞって出ろ出ろということなんでしょうね、きっと。

めーるふぉーむvv ご感想はこちらvv

メルフォへのレスもこちらにvv


戻る